Glass Studio尋 子どもの頃、世界は不思議なことだらけだった。 そのことを思い出させてくれたのが、Glass Studio尋の屋我平尋さん。 自らを「ライトコック=光の料理人」と名乗り、「見たことのない光を生むためにガラスを作っている」と語る屋我さんがガラスに出会ったのは、東京でグラフィックデザインを学んでいた専門学校生の頃。 「友達がティファニーのガラスランプを見せてくれたんです。ティファニーといえば僕でも知っている高級品ですが、ホコリをかぶっていたこともあり、初めはなんだか汚いランプだな、と思いました。それが灯りをともしたら、見違えるようにキレイになったんです。ガラス越しの光が部屋中を染めて、もう、夢中で見入ってしまいました」 それと同時に、子どもの頃の記憶が屋我さんの脳裏に蘇った。 「ビー玉が好きだったんですよね。水たまりに浮かべると、太陽が当たって光の柱が出来るでしょ? あれが大好きだった。そして、ろうそくの火であぶるとヒビが入って、ひとつひとつ違う模様に見えて面白かった。たわいないようで、心が震える体験だったんです」 思い出すと、胸がワクワクした。ちょうど卒業後の進路を考えていた屋我さんは、「一番好きなことを仕事にしよう」と決意。 そして沖縄に帰ってガラス職人になることを決め、ステンドガラスの工房で6年間、吹きガラスの工房で7年間働いたのち、1997年に独立。沖縄市にグラススタジオ尋を開いた。 吹きガラスやステンドグラス、フュージング、チッピング、サンドブラストといった多彩な技術と、美しいオリジナルカラーを自ら調合して作るアーティスティックな感性をあわせ持つ屋我さんのガラス作品は、コンテンストなどでの入賞歴も多い。 また、琉球ガラス生産・販売協同組合の理事という責任ある立場の屋我さんだが、 その横顔は遊び心満点の少年のようだ。 屋我さんが、グラスやボウルなどいくつかの作品を棚から出し、窓から差し込む夕方前のやわらかい光にかざす。 ひらひらと揺れるレースのようなモールガラスの影。 はじけるサイダーのような、泡ガラスの影。 色とりどりの影がテーブルに映り、工房が光の博物館になる。 思わずつられて、ASAYAKEを万華鏡のように右目に当てると、モールというASAYAKEに施されたゆるやかなねじり模様で、ぐにゃりと視界が曲がり、見慣れた世界はたちまち姿を変えた。 INDIGOは森の中、PURPLEは深海、AMBERはサバンナを歩いているみたい。 ああ、そうだ。 こんなふうにガラスで遊ぶと、とても楽しいのに、なぜだろう?ずっと忘れていた。 ライトコック、屋我平尋さん。 魔法使いのような彼とその仲間たちが作るガラスは、私たちの子ども心を呼びさます呪文だ。 目覚めた私たちは、自分の中に子どもの頃と同じ力があることに気づく。 ビー玉ひとつで、世界を何通りにも作り変えたあの頃のように、グラスを万華鏡に、ボウルを幻灯機にして遊んでみよう。 きっと、いつもの暮らしが、見違えるようにワクワクと楽しいものになるにちがいない。
Glass Studio尋
子どもの頃、世界は不思議なことだらけだった。
そのことを思い出させてくれたのが、Glass Studio尋の屋我平尋さん。
自らを「ライトコック=光の料理人」と名乗り、「見たことのない光を生むためにガラスを作っている」と語る屋我さんがガラスに出会ったのは、東京でグラフィックデザインを学んでいた専門学校生の頃。
「友達がティファニーのガラスランプを見せてくれたんです。ティファニーといえば僕でも知っている高級品ですが、ホコリをかぶっていたこともあり、初めはなんだか汚いランプだな、と思いました。それが灯りをともしたら、見違えるようにキレイになったんです。ガラス越しの光が部屋中を染めて、もう、夢中で見入ってしまいました」
それと同時に、子どもの頃の記憶が屋我さんの脳裏に蘇った。
「ビー玉が好きだったんですよね。水たまりに浮かべると、太陽が当たって光の柱が出来るでしょ? あれが大好きだった。そして、ろうそくの火であぶるとヒビが入って、ひとつひとつ違う模様に見えて面白かった。たわいないようで、心が震える体験だったんです」
思い出すと、胸がワクワクした。ちょうど卒業後の進路を考えていた屋我さんは、「一番好きなことを仕事にしよう」と決意。
そして沖縄に帰ってガラス職人になることを決め、ステンドガラスの工房で6年間、吹きガラスの工房で7年間働いたのち、1997年に独立。沖縄市にグラススタジオ尋を開いた。
吹きガラスやステンドグラス、フュージング、チッピング、サンドブラストといった多彩な技術と、美しいオリジナルカラーを自ら調合して作るアーティスティックな感性をあわせ持つ屋我さんのガラス作品は、コンテンストなどでの入賞歴も多い。
また、琉球ガラス生産・販売協同組合の理事という責任ある立場の屋我さんだが、
その横顔は遊び心満点の少年のようだ。
屋我さんが、グラスやボウルなどいくつかの作品を棚から出し、窓から差し込む夕方前のやわらかい光にかざす。
ひらひらと揺れるレースのようなモールガラスの影。
はじけるサイダーのような、泡ガラスの影。
色とりどりの影がテーブルに映り、工房が光の博物館になる。
思わずつられて、ASAYAKEを万華鏡のように右目に当てると、モールというASAYAKEに施されたゆるやかなねじり模様で、ぐにゃりと視界が曲がり、見慣れた世界はたちまち姿を変えた。
INDIGOは森の中、PURPLEは深海、AMBERはサバンナを歩いているみたい。
ああ、そうだ。
こんなふうにガラスで遊ぶと、とても楽しいのに、なぜだろう?ずっと忘れていた。
ライトコック、屋我平尋さん。
魔法使いのような彼とその仲間たちが作るガラスは、私たちの子ども心を呼びさます呪文だ。
目覚めた私たちは、自分の中に子どもの頃と同じ力があることに気づく。
ビー玉ひとつで、世界を何通りにも作り変えたあの頃のように、グラスを万華鏡に、ボウルを幻灯機にして遊んでみよう。
きっと、いつもの暮らしが、見違えるようにワクワクと楽しいものになるにちがいない。